活字紀行

自分自身に満足を。つらつらと書評ブログ。Twitter@sh1roha_468

無人島に生きる十六人【書評】

こんにちはしろはです。
今回は『無人島に生きる十六人』(須川邦彦/著)を紹介します。
※本文にはネタバレを含む場合がありますので、ご注意ください。

 

 

 

あらすじ

 

日露戦争第一次世界大戦に従軍し、商船学校教授・東京商船学校校長を歴任した須川邦彦による冒険実話。「少年倶楽部」に1941(昭和16)年から翌年にかけて連載。明治32年、帆船・龍睡丸は太平洋上で座礁し乗員16名は無人島に上陸。飲み水を確保し、火を起こし、海亀の牧場を作り食料を確保するなど様々な知恵を出し助け合いながら生き延びる。そしてその年の12月末、救出され無事祖国の土を踏むのだった。
(本書より引用。)

 

人物紹介

 

中川倉吉:龍睡丸の船長。十五人の乗組員と共に無人島で遭難する。
榊原作太郎:運転士。頼りになる参謀。
鈴木考吉郎:漁業長。遠洋漁業調査の第一線の部隊長。

 

感想

water coast

今回はとある無人島で遭難した十六人を描いた作品です。

読了後にあらすじを見て気付いたのですが、これって実話だったんですね。
全く気にせずに読み進めていたので、後で気付いて驚きました。
読んでいる最中はリアリティのある作品だなぁとは思っていましたが、実話となれば印象は大きく変わります。


やたらと読点が多い作風だな?だなんて思っていましたが、読んで本当に良かったです。
所々、古っぽい表現があるので読みにくい点はあると思います。

例としては、
ふかとはサメのことを表し、正覚坊とはアオウミガメのことです。

独特の表現が多々ありますが、昨今の小説ではあまり見られない作風で新鮮味が感じられて良かったです。

無人島で遭難した彼ら

彼ら十六人は無人島に遭難することになるのですが、なんて明るく勇敢なのでしょうか。
このまま無人島生活で本島(日本)には帰ることができないかもしれないのに、それを感じさせることのない明るさ。

十六人全員が、その無人島生活を楽しく過ごす様が想像させられ、読んでいる私までどこか楽しくなりました。

無人島でも悲観的になることなく、勉学に励む描写もありました。
どんな状況だろうと、知らないことは恐れずに聞いて理解したいです。

小さな悩みごとがどこかに飛んでいくような気持ちにもなりました。
漂流ものとは思えないほど終始明るく、非常に楽しく読むことができました。

 

ネタバレありのコメント

これからはネタバレありのコメントをつらつらと書きますので、見たくないという方はここまでとしてください。
これまで見てくださり、ありがとうございました!

 

船長の先頭力

十六人は楽しく遭難生活を送ることになったわけですが、何といっても船長の統率力には目を見張るものがあります。

人の上に立つもの故、悲観的になることなく場の規律を守り、先導していく。
まさに"リーダー像"を指し示した人格でした。

 

船長だけでなく、船員たちもお互いを尊敬し、高めあっている環境は本当に素晴らしい限りでした。

遭難してから2日目の朝、運転士と漁業長、水夫長を起こして各々の決意を表明するシーンが一番好きでした。

アオウミガメ

アオウミガメって絶滅危惧種だったよな?とふと思ったので、現状ではどうなっているのか調べてみました。

小笠原のアオウミガメはなぜ減った?なぜ増えた? | 認定NPO法人エバーラステイング・ネイチャー (elna.or.jp)


こちらの資料を参考にする限り、保護活動の甲斐あって現在では増加傾向にあるようですね。

ただ世界的に見れば絶滅危惧種(EN)に該当するため、油断を許さない状況ではあります。

同じく作中に登場したアカウミガメ絶滅危惧種(VU)に該当するため、こちらも注視しなければならない存在です。

人間一人にできることはあまりありませんが、忘れないで認知できる優しい存在でありたいですね。

 

今回はこの辺で。
閲覧くださり、ありがとうございました。
またの機会にお会いしましょう。

エミリの小さな包丁【書評】

こんにちはしろはです。
今回は『エミリの小さな包丁』(森沢明夫/著)を紹介します。
※本文にはネタバレを含む場合がありますので、ご注意ください。

 

 

 

あらすじ

 

恋人に振られ、職業もお金も居場所もすべてを失ったエミリに救いの手をさしのべてくれたのは、10年以上連絡を取っていなかった母方の祖父だった。人間の限りない温かさと心の再生を描いた、癒しの物語。
(本書より引用。)

 

人物紹介

 

エミリ:訳あって仕事を辞めた。15年ぶりに会う祖父と同居することになる。
大三:龍浦に住むエミリの祖父。風鈴職人。
鉄平:エッセイを書いて本を出している。釣りは下手くそ。
フミ:いつも野菜をくれるおばあさん。不愛想。
心平:龍浦の漁師。大三の飼い犬であるコロには必ず吠えられる。
直斗:サーファー。風鈴のネット販売を請け負う。カフェのオーナー
京香:心平や直斗とは幼馴染。エミリから見て眩しい人。

 

感想

f:id:sh1roha468:20220320230640j:plain

今回は龍浦という小さな町を舞台にした作品です。
冒頭はリュックに出刃包丁を忍ばせた描写から始まったので何事!?と思いましたが、今回も森沢さんならではのほっこりとする話で最高でした。

全六章となっているのですが、港町ならではの魚料理が多数出てきます。
私は大の魚好きですので、どれもが美味しそうで思わず作ってみたくなるほどでした。

大三さん、無口だけどいい人すぎませんかね?
そもそも龍浦に住む方々が良い人しかいないんですよね。

おじいちゃんは無口ながらも、ドンと構える懐の深さを感じます。
言葉ではなく態度で示してくれる様は本当に温かい。

実際に、海の近くのちょっとした町で暮らしたら、こんな生活ができるのかななんて考えることも。
こんな生活に憧れていますが、読むだけで想像させてくれるのはワクワクします。

森沢さんの作品は、どれも人の温かさのようなものを感じさせてくれ、読了後はどこか人に優しくなった気がします。

ぜひ海のある田舎町に憧れている方や、人付き合いに疲れてしまった方は読んでみてはいかがでしょうか。

ネタバレありのコメント

これからはネタバレありのコメントをつらつらと書きますので、見たくないという方はここまでとしてください。
これまで見てくださり、ありがとうございました!

 

自分らしくあるためには

幸せになることより、満足することの方が大事だよ。

人は、いい気分でいられるなら、どこにいたっていいんだ。


どちらもとても良い表現ではないでしょうか。
大三さんから言われた言葉ですが、どちらも私の心に突き刺さってきました。

エミリはどうして、沙耶という性格の悪い嫌味気質な同僚とつるんでいるのだろうと思っていましたが、中盤あたりでその呪縛から解放された本当に良かったです。

エミリは正に、どこにでもないどこかへ切に行きたがっているような気持ちが伝わり、
もっと気楽になればいいのにと完全に第三者視点で眺めていました。

エミリは大三さん、海のおじいちゃんとまた会えたことで逃げるのではなく、攻められるようになった。
龍浦での生活を経て、お母さんとも向き合うことができそうでホッとしました。

冒頭の描写は、お母さんの元へ向かうシーンだったのですね。
お母さんも空回りながらも、エミリのことを思っていたのは確かなので、二人が少しでも居心地の良い関係性になれますように。

風鈴の作り方・ポイント

今まで全く知らなかったので、記念にメモしようと思います。

①純銅を金鋸やグラインダーといった機械でカット。
②金槌で叩いて風鈴の形に整える。

・坊主タガネ
すりこぎのような形状をした金属の台座に銅の板をのせて、先端を丸くカーブさせるように叩く。

・燻し
家庭用カセットガスコンロの上に金網を置き、その上で乾いた竹の細片を燃やし、煙が出てきたら風鈴を燻す。

・焼き入れ
銅をコンロとトーチで真っ赤になるまで焼いたあと、ジュッと一気に水につける。

これから暑くなってくると、どこからともなく風鈴の音色が聞こえてくるのではないでしょうか。

作中では桔梗の花をモチーフにして形どっているようですが、これからは目についた風鈴は音だけでなく形にも注目したいですね。

エミリが龍浦で過ごした素敵なひと時と共に。

"浦"という文字の意味

古来、日本に伝わってきた浦は、心を意味する言葉なんだよ。


正直、全く知りませんでした。
あとの説明にはこのようなことも述べられていました。

日本人は、人間についても外見を「表」とし、内面(つまり心)を「うら」とした。その証拠に現代の日本語にも「うら」がつく単語が数多く残されていて、それぞれの「うら」を「心」に置き換えても意味が通じるのだという。

 

言葉って本当に美しいなと改めて思いました。

「うらやましい」は「心がやましい」状態を示し、
「恨めしい」は「心が女々しい」こと、
「裏切る」は相手と繋がっていた「心を切る」こと、
「裏読み」は本当の「心を読む」こと。

言葉の奥深さを知ってゾクゾクする日が来るとは思ってもいませんでした。
他にも知っていきたいですね。

今回はこの辺で。
閲覧くださり、ありがとうございました。
またの機会にお会いしましょう。

太陽の子【書評】

こんにちはしろはです。
今回は『太陽の子』(灰谷健次郎/著)を紹介します。
※本文にはネタバレを含む場合がありますので、ご注意ください。

 

 

 

あらすじ

 

ふうちゃんが六年生になった頃、お父さんが心の病気にかかった。お父さんの病気は、どうやら沖縄と戦争に原因があるらしい。なぜ、お父さんの心の中だけ戦争は続くのだろう?
(本書より引用。)

 

人物紹介

 

ふうちゃん:小学校六年生。神戸在住
おとうさん:ふうちゃんのお父さん。心の病気を患っている。
おかあさん:ふうちゃんのお母さん。てだのふあ・おきなわ亭を経営。
ギッチョンチョン:ふうちゃんの口げんか相手。21歳の青年。
オジやん:おかあさんの遠い親戚。店の名前の名付け親。
梶山先生:ふうちゃんの担任。
キヨシ:ギッチョンチョンが店に連れてきた少年。

 

感想

f:id:sh1roha468:20220313213329j:plain

今回は"沖縄"が1つの大きなテーマになった一冊です。

ふうちゃんの家庭は、"てだのふあ・おきなわ亭"という店を経営しています。
店の名前の語源にはこのような意味があるようです。

てだは太陽、あるいは神、ふあは子、まちがいないやろ、(中略)てだのふあは、ふうちゃんのことなんや。太陽の子ふうちゃんというわけよ。この店をひらいたとき、ふうちゃんはおかあさんのおなかの中でお休み中や。元気で明るい子に育ちますようにって、おきなわ亭の上にわざわざてだのふあをつけたというわけよ。
(本書より引用。)

 

いい名前だなぁ。
作中でもふうちゃんは太陽の子を体現したような元気な子でいてくれます。
人付き合いがとても暖かく、読んでいてどこか優しい作品になれました。

戦争について

本作品はほのぼのとした話だけではなく、戦争がとても大きな題材となっています。
本編にも沖縄の戦争は30年前に終わっていると記載されていることから、時代背景は1970年代と思われます。

令和のこの時代に戦争の作品に触れることとなるとは思いませんでした。
少々読みにくいな、と冒頭では思っていましたが、読んで本当に良かったです。

私自身、沖縄には行ったことがありませんが、絶対にいつか行きたいです。
感想を言うのが難しいですが、沖縄に言って当時何があったのか、しっかりと目に焼き付けるべきだと思いました。

現在も少々怪しい情勢になってきましたが、平和であることに感謝するばかりです。
学生の課題図書に選ばれることもあるようで、一度は必ず読むべき作品だと思いました。

 

ネタバレありのコメント

これからはネタバレありのコメントをつらつらと書きますので、見たくないという方はここまでとしてください。
これまで見てくださり、ありがとうございました!

 

おとうさんについて

正直、お父さんが自ら命を絶ってしまうことになるとは思ってもいませんでした。

なんだかんだおとうさんの病気が治ってハッピーエンドかな?と予想しながら読んでいたので、最後の描写には本当に驚きました。

戦争の残酷さを彷彿とさせるような結末でどこか胸が苦しくなりました。

でもなぜお父さんは自ら命を絶ってしまったのだろう?と疑問が残りました。

書評を書いている方でこのようなことを言っている方がいました。

現実と過去の出来事が区別できなくなっていて、(中略)沖縄に帰ろうとする事は戦争の中に飛び込んでいく事とイコールに感じられたからではないでしょうか。

とても納得しました。
何も罪のない人々の心に爪痕を残す戦争は安易に起こってはならないものなんだと再認識しました。

ただ、日本でもこのようなことがほんの100年前までは起こっていたわけで、決して風化させてはならない出来事だとも再認識しました。

今回はこの辺で。
閲覧くださり、ありがとうございました。
またの機会にお会いしましょう。

罪の余白【書評】

こんにちはしろはです。
今回は『罪の余白』(芦沢央/著)を紹介します。
※本文にはネタバレを含む場合がありますので、ご注意ください。

 

 

 

あらすじ

 

高校のベランダから転落した加奈の死を、父親の安藤は受け止められずにいた。娘はなぜ死んだのか。自分を責める日々を送る安藤の前に現れた、加奈のクラスメートの協力で、娘の悩みを知った安藤は。
(本書より引用。)

 

人物紹介

 

安藤聡:動物行動心理学を専門とする大学の講師。
安藤加奈:八歳の頃、母親を亡くした。高校のベランダから転落死した。
小沢早苗:対人関係が苦手なことから心理学を専攻。聡と同じ大学の講師。
木場咲:加奈のクラスメート。才色兼備。
新海真帆:同じく加奈のクラスメート。いつも咲と加奈の三人で一緒にいた。

感想

f:id:sh1roha468:20220306224146j:plain

今回は一人の女子高校生が突然死したことから始まる一冊です。
その女子高校生の加奈、父親の聡、同僚の早苗、加奈の友人である咲と真帆といった複数の視点から物語が展開されます。

各視点で日付や時刻の記載がありますが、ミステリー要素はないので正確に時刻を覚えておく必要はありません。
気にせずに読んでいただけたらと思います。

加奈の自殺

物語冒頭は加奈の視点で始まります。

どうしよう、お父さん、わたし、死んでしまう。
(本書より引用。)

このセリフからわかるように、加奈自身は自殺しようとしたわけではないことがわかります。

ただ、現場を知らない父親の聡は、加奈が自殺してしまったと捉えることしかできない。
加奈の死を受け止められないことから事件の真相を追究することに。

加奈は事故当時どのような状況にあったのか、父親の聡はそのことを知ることはできるのか。

父親の気持ちを考えると耐え難い場面ばかりでしたが、最後まで飽きることなく読めることができました。

ネタバレありのコメント

これからはネタバレありのコメントをつらつらと書きますので、見たくないという方はここまでとしてください。
これまで見てくださり、ありがとうございました!

 

咲という人物

この木場咲という人物の恐ろしさ、悪女ぶりには目を見張るものがあります。

はっきり言って、怪物以外の何者でもありません。
才色兼備なのは本人の勘違いなのではないか?と思いながら読んでいましたが、これは事実なようですね。

加奈を虐げることとなったのは、加奈が発したとある発言。
加奈が気に入らないから、芸能界入りさせてくれない環境が気に入らないから、というだけでここまでことが大きくなった。

加奈の自殺後も、自身に害が及ばないように執着する執念深さは、恐ろしいという単純な表現では形容しがたい。

本作品は映画化もされているようで、映画ではこの咲の悪女ぶりに磨きがかかっているようですね。
何か機会があれば見てみたいと思います。(あまり気は乗りませんが・・・。)

 

早苗さんという人物

早苗さんがいなければ、加奈の真相も明らかになってなかったのではないでしょうか。
聡の義母から頼まれたという単純な動機ではありますが、彼女がいなければこの作品は全く成立していなかった。

対人コミュニケーションが苦手で苦労しながらも、他者を理解しようとする姿勢にはどこか暖かい気持ちになりました。

早苗さんはベタが好きということでしたが、私は姿かたちが想像できなかったので調べてみました。

ベタ - Wikipedia
(Wikipediaより引用。)

熱帯魚であることからも、様々な色のある奇麗な魚ですね。
人に懐いてくれる鑑賞魚として人気があるようですね!

物語終盤、咲が少年院に入った後も聡を献身的に支える姿勢には胸を撃たれました。
聡も加奈の死が自殺ではなかったということがわかって本当に良かったです。

そして、早苗さんは是非とも幸せになってほしいとも思いました。
今後、早苗さんがどのような人生を歩むのか気になります。

 

学生の自殺

ふと気になったので、昨今の学生自殺者数はどのくらいいるのか調べてみました。

【参考資料4】令和2年 児童生徒の自殺者数に関する基礎資料集 (mext.go.jp)
(厚労省より引用。)

ここまでの方が自殺という選択肢を取ってしまっていると考えると、非常に胸が痛くなります。
原因としては、親子関係のトラブルや学業不振、進路に対する不安が多いようです。

周りからの過度な期待とか重圧に耐えられない場合とかもありそうですね。


今回の作品を読んだ後だと、自殺が原因の例って他よりも少ないんだなと思いました。
それともいじめは学校側の管理不足となりやすいため、認知されにくいのでしょうか。

どうして周りの人は助けなかったのか、本人も助けを求めなかったのか。
後から、外部から非難するのは簡単ですが、いざ関係者だとしたら気付けるのでしょうか。

助けを求めやすい環境にするにはどうしてあげればいいのか。
そんなことを考えると、何が必要かわからなくなります。

私はこれまで、会話の機会を多数設けてあげれば良いと思っていました。
ただ、今回の作品は決して父娘の関係性は悪くなかった。

取り返しのつかない事態となる前に、些細なことでも気付けるような大人でありたいと思いました。
教育って本当に難しいことだなと再認識しました。

今回はこの辺で。
閲覧くださり、ありがとうございました。
またの機会にお会いしましょう。

サイレント・ブレス【書評】

こんにちはしろはです。
今回は『サイレント・ブレス 看取りのカルテ』(南杏子/著)を紹介します。
※本文にはネタバレを含む場合がありますので、ご注意ください。

 

 

 

あらすじ

 

大学病院の総合診療科から、「むさし訪問クリニック」への“左遷"を命じられた37歳の水戸倫子。そこは、在宅で「最期」を迎える患者専門の訪問診療クリニックだった。命を助けるために医師になった倫子は、そこで様々な患者と出会い、治らない、死を待つだけの患者と向き合うことの無力感に苛まれる。けれども、いくつもの死と、その死に秘められた切なすぎる“謎"を通して、人生の最期の日々を穏やかに送れるよう手助けすることも、大切な医療ではないかと気づいていく。そして、脳梗塞の後遺症で、もう意志の疎通がはかれない父の最期について考え、苦しみ、逡巡しながらも、大きな決断を下す。その「時」を、倫子と母親は、どう迎えるのか?

(本書より引用。)

 

人物紹介

 

水戸倫子:大学病院の総合診療科から訪問医療に左遷となった医師。
そこでは終末期医療を担当することとなる。
大河内仁:倫子に異動を告げた教授。自身も訪問クリニックにはたまに顔を出す。
武田康:"むさし訪問クリニック"の看護師。茶髪とピアスで一見するとチャラい印象。
亀井純子:"むさし訪問クリニック"の医療事務。亀ちゃんと呼ばれる。
ケイちゃん:"ケイズ・キッチン"の店主。ニューハーフ。

感想

f:id:sh1roha468:20220306213133j:plain

今回は終末期医療をテーマにした一冊です。
まずは、タイトル名の意味が巻頭に説明されていましたので、ここで引用します。

サイレント・ブレスとは

静けさに満ちた日常の中で、穏やかな終末期を迎えることをイメージする言葉です。(中略)人生の最終章を大切にするための医療は、ひとりひとりのサイレント・ブレスを守るための医療だと思うのです。
(本書より引用。)


このように著者の南杏子さんは説明しています。
自身も現役のお医者さんということも相まって、医療現場ならではの緊張感や大変さが伝わってくる作品でした。

 

終末期医療というテーマ

医療というと、何とかして患者を助けようとするケースがほとんどだと思います。
ただ、事実としてどんな人間であろうとも最終的には亡くなります。

患者自身がどのような人生の終え方をしたいのか、備えるためにも終末期医療について本人だけでなく親族の方も考える必要があるのではないか。

本作品では、5人の患者さんの話が描かれます。
例外なく彼ら彼女らは死を待つだけといっても過言ではないような状況にある人ばかり。

本人の意思とは関係なく、ただ生きてほしいからという理由だけで親族が延命処置を望むのは正しい事なのだろうかと考えさせられました。

ぜひ一読して親族は自身の終末期をどう終えたいのか、そして自身もどうしたいのか、考える際のきっかけになれば幸いです。

 

ネタバレありのコメント

これからはネタバレありのコメントをつらつらと書きますので、見たくないという方はここまでとしてください。
これまで見てくださり、ありがとうございました!


結末

結末には倫子の父親の最期を看取って終わるのだろうなと思いながら読み進めていましたが、想定していた結末となりました。

終末期医療について、倫子も何が正しいのか苦悩する場面もあります。
そんな中、大河内教授からこんな言葉が告げられます。

死ぬ人をね、愛してあげようよ。治すことしかできない医師は、治らないと知った瞬間、その患者に関心を失う。(中略)患者にとっても家族にとっても、本当に不幸なことだよね。
(本書より引用。)


これとても良いセリフだなぁと少しジンときました。
当然、医師が形式的なやり取りとなってしまうのはしょうがないことだと思います。

元気でいてほしいから、という個人的な考え方を強要せずに、本人の意思を尊重できる人物になりたいと思えました。
治療の苦しみを代わってあげることも、理解することもできませんからね。

コースケ

コースケこと、武田康介のキャラ付けが本当に素晴らしいなと思いました。

終末期医療というと暗くなりがちだと思いますが、そういったことをあまり感じさせない。
実際の終末期医療でも、コースケのような看護師がそばにいると安心する気がする。


当然、倫子やほかの人物も良いキャラだと思いますが、コースケなくしてこの作品はなかったと個人的には思います。

彼のおかげで、最後まで暗く落ち込まずに読むことができました。

 

エンディングノートとは

聞き覚えのない言葉だったので、最後に書きたいと思います。
本書では以下のように説明されていました。

人生の終末期に自らの希望を書き留める「エンディング・ノート」は、二〇一〇年代から急速に普及したものだ。それ以前は、延命治療などに関する意思を明確な形で遺すため、行政書士や弁護士に依頼して公正証書を作成する人も少なくなかった。
(本書より引用。)

 

こういうものがあるとは全く知りませんでした。
公益社からもこのように紹介されておりますので、興味のある方はこちらも参照ください。

終活の基礎知識!エンディングノートとはどんなノート?|葬儀の知識|葬儀・お葬式なら【公益社】 (koekisha.co.jp)
(公益社HPより引用。)


エンディングノート亡くなった時のための準備ではなく、これからの人生をよりよくするためのツールだそうです。

頭の片隅に置いておいて、有事の際には選択肢の一つとして検討したいですね。

今回はこの辺で。
閲覧くださり、ありがとうございました。
またの機会にお会いしましょう。

群青の夜の羽毛布【書評】

こんにちはしろはです。
今回は『群青の夜の羽毛布』(山本文緒/著)を紹介します。
※本文にはネタバレを含む場合がありますので、ご注意ください。

 

 

 

あらすじ

 

ひっそり暮らす不思議な女性に惹かれる大学生の鉄男。しかし次第に、他人とうまくつきあえない不安定な彼女に、疑問を募らせていき--。家族、そして母娘の関係に潜む闇を描いた傑作長篇小説。
(本書より引用。)

 

人物紹介

 

毬谷さとる:大学在籍中に体調を崩し、現在は退学して家事を担う。聡明で物静か。
毬谷みつる:さとるの妹。さとるとは違って明るい性格の社会人。
母親:さとるのみつるの母親。門限が10時などと厳しい性格。
鉄男:スーパーみやこしで働く大学生。さとると付き合うことになる。

 

感想

building apartment 

今回はとある一家を描いた家族作品です。

結論から言いますと、私には恐怖を通り越して少々気分が悪くなってしまいました。
最初は家族愛を描いた本なのかな?だなんて呑気に考えていた私を一発ぶん殴りたいです。
あらすじを全く読まずに手に取ったのが良くなかったですね・・・(笑)

あらすじにもあるように、母娘の関係に潜む闇が大きな題材となっています。
簡単に言い表すことができませんが、原因の一つに母親が関係していることは明確。
母親を含めて、情景描写にはリアリティが高すぎて、気分が悪くなるほど。

では、どうすればいいのか。そう考えると良い答えが全く浮かばない。
手遅れだと言い切ってしまうのは簡単だが、当事者であったらと考えると、抗わずにそつなく過ごすしかないのではないかと思ってしまうのではないか。

さとるは鉄男と出会ったことで好転するかな?と思っていましたが、問題は非常に複雑。
恐怖心を覚えながらも、物語は、家族はどこに終着するのだろうと読む手が止まりませんでした。

冒頭からカウンセラーを受ける人物の描写で始まりますが、いったいこれが誰視点で描かれているのかがしばらくわからないままで進みます。

読了後に、この各節にあるカウンセラーとの対談を読み直しましたが、
この方の苦悩がひしひしと伝わって来て悲しい気持ちになりました。

家族間の問題は非常に複雑で、外部の人間からは解決することが難しいというもどかしさを感じさせられた一冊でした。
虐待のようなサディスティックな描写も多々ありますので、苦手な方はご注意ください。

 

ネタバレありのコメント

この家族は間違っている、ただどうすれば良かったのかと考えると何もわからない。

母親が原因となっているのは明確だが、彼女自身も苦労していたことが伺える。
自身が苦労した身だからこそ、娘であるさとるとみつるには厳しく指導する。
ただ、そのやり方がほとんど虐待で間違っている。

読んでいる身からすれば、さとるが脱してくれと願うばかりだが、母親からの洗脳から簡単に抜けられない。
幼い頃から、価値観を操作されているとこのような事態を起こしうるのか、と考えると恐怖でたまらない。

 

私は男の子が欲しかったの。女の子なんかいらなかったと。

お父さんと私は他人よ。あなた達は血が繋がっているじゃない。

この二つのセリフは恐ろしすぎてゾッとしました。
でも間違ったことは言っていない。正しい事でもない。
言っちゃダメなことだろ・・・と思いましたが言うのも簡単じゃないなって。

家族という切っても切れない縁は永遠の問題なんだということを痛感させられました。

今回はこの辺で。
閲覧くださり、ありがとうございました。
またの機会にお会いしましょう。

教室が、ひとりになるまで【書評】

こんにちはしろはです。
今回は『教室が、ひとりになるまで』(浅倉秋成/著)を紹介します。
※本文にはネタバレを含む場合がありますので、ご注意ください。

 

 

 

あらすじ

 

北楓高校で起きた生徒の連続自殺。ショックから不登校の幼馴染みの自宅を訪れた垣内は、彼女から「三人とも自殺なんかじゃない。みんな殺された」と告げられ、真相究明に挑むが……。
(本書より引用。)

 

人物紹介

垣内友弘:二年A組。美月とは幼馴染。
白瀬美月:二年A組。三人目の自殺がショックで不登校に。
山瀬こずえ:二年A組。中心生徒でレク企画には積極的。小早川の遺体発見者。
八重樫卓:二年A組。サッカー部所属。
壇優里:二年B組。高井の自殺現場に居合わせていた生徒。

小早川燈花
:奇麗な顔立ちで二年B組の中心的存在。女子トイレで首を吊って自殺。
村嶋竜也:二年A組。元バスケ部のエース。校舎から飛び降りた二人目の自殺者。
高井竜也:二年A組のムードメーカー。村嶋と同じく飛び降りた三人目の自殺者。

 

感想

f:id:sh1roha468:20220213213143j:plain

今回は学校を舞台としたミステリー作品です。
クラス内から三人の自殺者が出たが本当に自殺だったのだろうか、と物語が展開します。
最初に言うと、超能力じみた内容を含んでおりますので、受け入れられない方はご注意ください。

読了後に一番感じたことは、これ"SPEC"っぽいなって思いましたね。
皆さんは"SPEC"というドラマ(映画も)をご存じですかね?
放映時、私はこのドラマが本当に大好きでした。(年代がバレますねこれ(笑))

本書を読み始めて"受取人"が出てきたあたりで、これは"SEPC"系の作品だ!絶対に私が好きな作風だ!!と思いましたね(笑)

主人公の能力は"嘘を見破る能力"ということで、"SPEC"と比べたら貧弱なものではありますが、主人公が自殺者の真相を追います。
あのドラマが好きだった方はきっと楽しめると思います!

自殺はあっさりと他殺であったことがわかりますし、犯人も序盤で明確となりますが、垣内はどうすることもできない。
タイトルにあるように、本当に教室が一人になるまで殺人は続いてしまうかも?とどこかで感じないではいられません。

SF要素の強いミステリー作品は大好物なので、終始ハラハラと楽しく読めました。

ネタバレありのコメント

読了後、まず最初に思ったのはなんて秀逸なタイトル名なんだと思いましたね。
そして誰もいなくなったを彷彿とさせながらも、別の意味に帰着させる。

読了後はタイトルに思わず唸ってしまいました。
教室が、という"が"の一文字だけでそんな意味があったとは。

学校という逃れることのできないコミュニティの中の生き辛さ。
SF要素がありながらも、リアリティ溢れる心理描写には引き込まれるものがありました。

学校ならではの、あの閉鎖的な空気感を如実に表現した一冊だと思います。

では、檀のしたことは正当化されるものなのか。
決してそんなことは思いませんが、物語後半では垣内の言動に少々共感を覚えてしまったのも正直なところです。

私はそこまで活発的な生徒ではなかったので、このようなレク企画で拘束されてしまうことにどこか窮屈さを感じるタイプだと思います。
だから垣内の気持ちもわかる、だけどここまで事件解明に奮起する姿はどこか格好良い。

もちろん、八重樫がみんなのために盛り上げよう!という気持ちもわかります。
登場人物それぞれに、どこか共感を覚える部分があるので、いったい何が正しいのだろうかとわからなくなりました。

よく言われる"みんな"という特定の人物を示すものではないが明確に存在する概念。
みんなが言ってる、やってると言うのは簡単ですが、本当にそれは正しい事でしょうか。
学生時代にありがちな生き辛さを思い出させてくれました。

読了後はどこか救いのあるフェードアウトとなってホッとしました。
垣内がもがきながらも、自由になれるその日まで応援したいです。

今回はこの辺で。
閲覧くださり、ありがとうございました。
またの機会にお会いしましょう。